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世界のエネルギー供給を握る「悪魔の海峡」
ホルムズ海峡は、ペルシャ湾とオマーン湾の間に位置する幅わずか33キロメートルの狭い海峡で、最も狭い部分では大型タンカーが通れるのは約7キロしかない。この小さな海峡が、なぜ世界経済の命運を握っているのでしょうか。

ホルムズ海峡の地理的位置を示す地図
答えは簡単です。世界で海上輸送される原油の約3~4割、日量約1700万バレルもの石油がこの海峡を通過しているからです。イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、クウェートなど、世界最大級の産油国がすべてペルシャ湾に面しており、これらの国から輸出される石油の大部分がホルムズ海峡を通らなければならないという地理的制約があります。
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日本への影響:エネルギー安全保障の最大の脅威
驚愕の中東依存度
日本にとってホルムズ海峡は、まさに生命線といえる重要性を持っています。日本が輸入する原油の約87%がホルムズ海峡を経由しており、中東からの原油輸入は全体の約80%を占めています。

日本の原油輸入における中東依存度
この高い依存度は、1973年の第一次オイルショック時とほぼ同水準で、むしろ近年さらに高まっている傾向にあります。日本は原油の約99%を海外輸入に依存しているため、ホルムズ海峡が封鎖されれば、国内のエネルギー供給に壊滅的な打撃を受けることになります。
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天然ガスへの影響も深刻
原油だけでなく、日本が輸入する液化天然ガス(LNG)の約20%もホルムズ海峡を経由しています。特に電力会社JERAでは、ホルムズ海峡経由でのLNG調達比率が2018年度で3割超に達しており、電力供給への影響も無視できません。
世界各国への経済的インパクト
ホルムズ海峡封鎖の影響は日本だけにとどまりません。アジア諸国を中心に、世界経済全体に深刻な打撃をもたらします。

ホルムズ海峡封鎖による各国・地域への経済影響比較
中国は世界最大のホルムズ海峡経由石油輸入国で、シェアは18%に達します。続いてインドが16%、日本が14%、韓国が11%となっており、アジア経済の中心国がすべて大きな影響を受けることになります。
一方、シェール革命により中東依存から脱却したアメリカのシェアは8%にとどまっており、「ホルムズ海峡をそれほど必要としていない」との発言も出ています。
封鎖時の経済被害予測
原油価格の急騰
仮にホルムズ海峡が完全封鎖された場合、原油価格は1バレル100ドルまで急騰する可能性があります。最悪のシナリオでは、現行水準の2倍近い水準(+65ドル/バレル)まで上昇する恐れもあります。
日本経済への打撃
日本の場合、ホルムズ海峡封鎖による経済被害は実質GDP成長率を1%弱下押しする規模になると予測されています。これは年間約10兆円から15兆円規模の経済損失に相当します。
迂回ルートの限界
既存のパイプライン能力
ホルムズ海峡封鎖に備えて、中東各国は陸上パイプラインによる迂回ルートを整備していますが、その能力は限定的です。

ホルムズ海峡迂回パイプラインの輸送能力比較(万バレル/日)
主要なパイプラインは以下の通りです:
圧倒的な能力不足
これら全てのパイプラインを合わせても、既存利用分を差し引いた余剰能力は約370万バレル/日程度にすぎません。これはホルムズ海峡を通過する日量約1650万バレルの約2割しかカバーできません。
イランの封鎖能力と手段
地理的優位性
イランはホルムズ海峡の北側に位置し、海峡の最も狭い部分を管轄下に置いています。航路はイラン領海とオマーン領海に挟まれた幅10キロほどの狭い通路となっており、イランにとって封鎖は比較的容易な地理的条件となっています。
具体的な封鎖手段
イランが実際に封鎖を行う場合、以下のような手段が考えられます:
過去の教訓:イラン・イラク戦争時の「タンカー戦争」
ホルムズ海峡の危機は今回が初めてではありません。1980年から1988年のイラン・イラク戦争では、両国がタンカーを標的とする「タンカー戦争」が発生しました。この時期、米英をはじめとする関係各国は護送船団を組織し、体を張って海峡の安全を確保しました。
しかし現在は状況が異なります。シェール革命により中東依存から脱却したアメリカは、「中東での新たな紛争に関与することに関心はない」との姿勢を示しており、30年前のような積極的な軍事介入は期待できません。
日本の備蓄体制と緊急時対策
石油備蓄の現状
日本は石油危機に備えて、国家備蓄、民間備蓄、産油国共同備蓄の3層構造で石油備蓄を行っています。2021年9月末時点で、合計約224日分の備蓄を保有しており、これは世界でも最高水準の備蓄量です。
緊急時の対応策
万が一ホルムズ海峡が封鎖された場合、日本政府は以下の対策を実施する可能性があります:
- 石油備蓄の放出:国家備蓄の緊急放出
- エネルギー使用制限:産業用石油消費の10%削減指導
- 需要抑制策:マイカー使用自粛、営業時間短縮などの行政指導
- 代替エネルギーの確保:アメリカのシェールガス輸入拡大
最新の緊張状況
2025年6月現在、中東情勢は再び緊迫しています。イスラエルによるイランの核施設攻撃を受けて、イランは「ペルシャ湾や紅海を航行する船舶も攻撃対象になる」と警告しており、ホルムズ海峡封鎖の可能性が現実味を帯びています。
原油市場では、13日の欧州先物指標が一時前日比1割強まで上昇するなど、市場参加者の警戒感が高まっています。
まとめ:エネルギー安全保障の重要性
ホルムズ海峡封鎖は、単なる地域紛争の問題ではありません。世界経済、特に日本のような資源輸入依存国にとっては、国家存亡に関わる重大な脅威です。
現在の迂回能力では完全な代替は不可能であり、封鎖が長期化すれば世界経済は大混乱に陥る可能性があります。日本としては、エネルギー供給源の多様化、再生可能エネルギーの拡大、そして中東地域の平和と安定のための外交努力が急務といえるでしょう。